ここから出る
今日は身の振り方について考えていた。
"社会"は、どんな場所だろう?
"社会"のなかで異常なことが起こっているのではなく、"社会"そのものが虐待のためのシステムなのだ。負のエネルギーを抽出する場なのだ。そもそもそのために存在しているのだ。
自分のこれまでの経験や持っているすべての知識を総動員して確認しても、そう考えて矛盾がない。
ハハハ…😅
(誤解のないよう補足すると、"社会"と人々はべつものである。人々があつまって自然発生的に"社会"ができているのではなく、作為的に作られたものなのである)
私の求める生活。それはすごく俗っぽいふつうの生活である。家庭、一軒家、車、犬🐶である。
それには…う~む…、それには2つ方法がある。
1つめは心がなにも感じないようにして、奴隷として自分のすべての時間と労力を無駄なことに費やす覚悟をすることである。
2つめはシステム側にまわること。システム側がどういうところかは知らないが、推測するにこうである。まず人間の心を持たないこと。つぎに人から上手く、多く搾取すること。村社会なので参入障壁もあるだろう。
どっちも嫌である。
搾取されるのも、するのも嫌である。
なぜ搾取するのが嫌か。いろいろな理由があると思うが、意識化できるところでは人から搾取しない自分が好きだからである😉(かっこいい)。
上記のとおり、この"社会"のなかにいて楽しくやっていく方法はないと結論づけてよさそうである(注:人によって条件が違うので私の場合はという意味である。一般論ではない)。
であればここから出ることになるが、ここから出る具体的な方法はわからない。
しかしまず最優先で実験すべきことはわかる。
住居・インフラを連中の息のかかったところに依存しないことである。具体的には①賃貸に住まない、②オフグリッド化する、③食べ物は自作したり個人商店等から買う
である。
私はなにかよくわからない方向に向かって走り出す🤣
しかし順序だてて考えると、何度考えても、どの方面から考えてもそのような結論になるのである。
誤解される可能性が高いので補足しておく。
人の心のなかに起こる感情だけは真実である。そのほかのことはインチキなことが多い。
システムについての考えは上記のとおりだが、人々はただ、人々である。
別に世捨て人や仙人になると言っているわけではない。