大学時代の先輩の話

大学時代の先輩の話をする。

私の通っていた大学は理系で、留年しても最大8年間在籍できる。

進級にはみな苦労しており、授業を受けていても単位が取得できず留年する者も珍しくなかった。

 

私が所属していたサークルにまさに留年し続け8年生になった先輩がいた。

その先輩はもちろんサークルで1番の年長者だったが、もっとも少年らしい無邪気さがあって、車と美少女アニメが好きな人であった。しかし空気の読めない振る舞いをすることはなかった。

私はこの先輩が(人として)好きだった。

この先輩からはいろんなことを教わった。それはまさに知恵というより、その上の智慧と呼ぶべきものだった。

 

例を挙げる。私の大学では、進級に絶対に必要な単位でなおかつ最も取得が大変なものとして実験の単位がある。実験は何コマ(時間)も使って実施し、手順は複雑かつ煩雑で、目的の結果が出るまでは夜までかかることもある。実験が終わったら家に持ち帰って何時間~十数時間もかけてレポートにしてまとめる。それを3年生まで毎週ほぼ通年で続ける。なおこの実験の単位を落とすことが留年の理由として最も多い。

私はほぼ絶望的な気持ちでこれをこなしており、実験中やレポート作成中にいろいろな不備が出てきて自分の不出来を心の中で嘆き、「こんなヘンテコなレポートは合格をもらえないだろうし、こんなものを出すくらいなら今期はあきらめて次の期でもっと気合を入れた完全なものをだそうか」と考えていた(無論そんなことは実際には不可能である。このような考えは陥りがちな罠である)。

ある日サークルに顔を出したときに例の先輩が世間話の合間にぽろっと「どんなダメレポ(※単位の要求水準に達してない駄目なレポートのこと)でも出せばなんとかなる(笑)」と言った。

まさに目から鱗であった。そして実際にその通りであったのだ。「こんな仕上がりでは絶対に合格できない」と思っていても出せば何とかなり、この言葉のおかげで私は卒業までストレートで進級できた。

話としてはとてつもなく低レベルな話である。しかし私は確かにこの先輩の一言で救われたのだ。

 

また私が自動車免許をとってすぐに例の先輩と何人かでドライブに行った。

レンタカーを私が運転しており、例の先輩が助手席に座っていた。

車が橋のたもとに差し掛かろうとしていた時、前から橋の歩道をランニングしているシニアの男性がこちらへ向かって来た。なんとなく意識しているとなんとノーモーションで90度方向転換し、車道を横断するために私達の進路に飛び出てきたのだ(このとき車・歩行者向けともに信号はなかった)。

幸いほとんどスピードは出ていなかったので、何事もなかったが「なんと突飛で、なんと傍若無人な動きだろう」と車内は騒然とした。そのときに例の先輩が先ほどの出来事を危ぶみつつ「スピードさえ出てなければ事故っても大したことないから(笑)」と言った。

 

これほど重要な知見はそうそうなくはないだろうか?

私はこの言葉を聞いて衝撃を伴うほどの納得感を感じた。他のことでこのような気持ちになったことはなかった。

「なにを当たり前のことを」と思われるだろうか。しかし物理の核心を見抜いた言葉ではないだろうか。私は車を運転していても自転車を漕いでいても今でもこの言葉を思い出す。

 

ある日のサークル活動終わりの話である。サークル棟に残っていた部員で後片付けの仕事をしなければならなかった。その場には私と例の先輩と私の一年上の先輩と一年下の後輩の4人がいた。その4人でじゃんけんをして負けた一人がその仕事をすることにした。そのとき例の先輩がやおら「俺、グー出すから!!(笑)」と言い放った。その場の全員が戸惑いつつじゃんけんをした。結果 皆がグーを出し、その先輩だけチョキを出して一人負けした。先輩は自分の発言から皆がパーを出すと思ってチョキを出したのだ。

その場の全員からその先輩だけ負かされてる…。この光景は衝撃的だった。面白すぎる…。

しかも自分が小賢しい策を弄したことが原因であり、なおかつ自分がグーを出すという宣言を反故にしたために起こったことなのだ。

あまりに面白すぎてその場ではあまり笑いは出てこなかった。代わりに衝撃となって私の心に深い爪痕を残した。