言葉や数字は一種の偏見

"学校教育"の洗〇から抜けるのは言葉で言うほど簡単じゃない。

むちゃくちゃ根が深い。

"社会"そのものが嘘っぱちのハリボテだったので、自分でどこまでが本当でどこまでが嘘か認識を再構築しなければならない。

 

"社会"が本当に存在しているわけじゃない。人々の頭のなかに刷り込まれた概念や認識があって、それが現実に反映されているだけ。"社会"が実在しているわけではない。そんなもん、もともと無い。

 

言葉や数字は人間をアホにする。学校で教える内容は極端に言えばなんでもよく、言葉や数字を偏重することで自動的にアホになっていく。言葉や数字によって理性的に、賢くなれると信じ込まされているが…。「理性」が限定的な局面でしか役に立たない代物で、言葉や数字自体が一種の偏見のため。